[IP High Court 5 April 2024 about the right of prior use against a patent defined by the numerical limitation]
目次
- 1.特許法79条(先使用による通常実施権)
- 2.先使用権に関する本判決以前の関連判例
- 2(1)最高裁昭和61年10月3日判決(ウォーキングビーム式加熱炉事件)
- 2(2)知財高裁平成30年4月4日判決(ピタバスタチン医薬事件)
- 2(3)ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決の影響
- 3.本判決の要旨
- 3(1)概要
- 3(2)本件特許発明
- 3(3)一審被告製品
- 3(4)原判決(大阪地裁令和3年9月16日判決(平成29年(ワ)第1390号))
- 3(5)本判決(知財高裁令和6年4月25日判決(令和3年(ネ)第10086号))
- 4.考察
- 4(1)本判決の射程範囲(今後の裁判所の判断に承継される判決か?それとも、事例判決か?)
- 4(2)数値限定発明における先使用発明との同一性の範囲
- 4(3)先行実施品の開発・製造者が外国の事業者であった場合における先使用権の抗弁の成否
1.特許法79条(先使用による通常実施権)
特許法79条は、「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。」と定める。
特許法79条が定める先使用権の抗弁が成立するためには、一般的に、次の要件を充足する必要があると考えられている。
- 先使用発明が、本件特許発明の内容を知らないで創作されたこと(先使用発明の独自創作)
- 本件特許発明の出願(優先日)に先立ち先使用発明が完成したこと(先使用発明の完成)
- 先使用発明が本件特許発明の技術的範囲に属すること(先使用発明と特許発明との同一性)※
- 本件特許発明の出願(優先日)に先立ち事業の準備が開始されたこと(事業準備の開始)
- 被告製品が先使用発明の範囲内にあること(被告製品と先使用発明との同一性)
※(先使用発明と特許発明との同一性)
79条において「その発明」が「特許出願に係る発明」を意味するのであれば、先使用発明は特許発明と同一である必要があるということになる。そうすると、本件における「402W製品」のパラメータ値は、本件特許発明(「本件訂正発明1-17」)のパラメータ値限定の範囲外であるため、先使用発明と特許発明との同一性の要件を充足しないことになる。
ただし、先使用発明は特許発明の技術的範囲に属しなくてもよいという学説もある。先使用発明実施事業を継続させるのが公平であるという先使用権制度の趣旨に鑑みると、先使用発明が特許発明の技術的範囲に属するか否かは偶発的事項であり、それにより先使用発明実施事業の継続の可否が左右されるのは不合理であるというのが理由になる。
先使用発明と特許発明との同一性が要求されるということになると、先使用発明が特許発明の技術的範囲に属していても、特許発明が訂正された結果、先使用発明が訂正後特許発明の技術的範囲から外れると、訂正が遡及効を有する結果、先使用権は遡及的に消滅することになる(知財高裁令和2年9月30日判決(令和2年(ネ)第10004号)及びその原判決)。そうすると、特許権者としては、先行実施品を除くクレームに訂正することにより、先使用権を遡及的に消滅させることも可能になってしまう。
一旦成立した先使用権が、その後のクレーム文言の動向によって遡及的に消滅するという事態が公平に反する場合も考えられる。特に、上述の除くクレームにする訂正により先使用権を消滅させるのを認めるのは妥当でないと思える。この問題を解決するために、先行実施品に「具現された発明」(ウォーキングビーム式加熱炉事件最高裁判決)の範囲をある程度広く解釈することが考えられる。
2.先使用権に関する本判決以前の関連判例
(1)最高裁昭和61年10月3日判決(ウォーキングビーム式加熱炉事件)
ウォーキングビーム式加熱炉事件最高裁判決は、被告製品と先使用発明との同一性の要件について、「特許法七九条所定のいわゆる先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、ここにいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。」と述べ、いわゆる発明思想説を採用した。
(2)知財高裁平成30年4月4日判決(ピタバスタチン医薬事件)
ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決の事案では、数値限定発明(ピタバスタチン又はその塩を含有する固形製剤の水分含有量が1.5~2.9質量%)の特許に対する先使用権の抗弁の成否が争われた。一審被告は、当該訴訟係属中に先行実施品のサンプル(本件特許発明の優先日に先立ち被告が製造し治験に用いた医薬品のサンプル)4個の水分含有量を測定し、それらがいずれも特許発明の数値限定を充足することを主張・立証した。しかしながら、ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決は、当該水分含有量測定は先行実施品サンプルが製造されてから4年以上経過してなされているので、先行実施品サンプルが製造された時点での水分含有量は立証されていないと判断した。
また、ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決は、仮に先行実施品サンプルが製造された時点での水分含有量が本件特許発明の数値限定を充足していたとしても、先使用権主張者である一審被告は当該医薬品の水分含有量に着目していなかったので、先行実施品サンプルに具現された技術思想は本件特許発明と同一ではないと判断した。
(3)ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決の影響
ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決を受けて、先行実施品の過去(本件特許優先日前)の数値を立証するのは困難である、仮にその立証に成功しても、被告は本件特許優先日前に問題となる数値に着目していなかったであろう(一般的に着目される数値であれば、新規性欠如となる可能性が高い。誰も着目しないような数値だから当該数値限定を示す従来技術文献が発見されなかった。)から、事実上、先使用発明の創作を立証することはできない、という認識が広まっていた。
3.本判決の要旨
(1)概要
本判決は、ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決がもたらしたこの認識を覆すものと評価し得る。他方、本判決は、本件特許発明の課題は従来から公知であり、本件特許発明の特徴点であるパラメータ値限定はこの課題を解決するために直管形のLEDランプに当然望まれる性能を示したものに過ぎないという見方をしており、この価値判断に基づきなされた事例判決とも評価され得る。
(2)本件特許発明
(i) 本件特許のフロントページ情報
特許番号: 特許第5658831号
発明の名称: ランプ及び照明装置
優先日: 平成24年4月25日
出願日: 平成25年3月5日
登録日: 平成26年12月5日
(ii) 令和4年5月10日審決(無効2018-800036)で認められた訂正後の請求項17の発明(「本件訂正発明1-17」)
「ランプを備える照明装置であって、
前記ランプは、
光拡散部を有する長尺状の筐体と、
前記筐体の長尺方向に沿って前記筐体内に配置された複数のLEDチップと、
前記LEDチップを発光させるための電力として、商用電源からの交流電力又はLED点灯用電源からの直流電力を受ける口金と、を備え、
前記複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、
1.09x≦y≦1.49xの関係を満たす、
照明装置。」
(iii) 発明が解決しようとする課題についての明細書の記述
「LEDランプでは,LEDモジュールが筐体内に収納されている。LEDモジュールは,一定間隔で並べられた複数のLED(LED素子やベアチップ)を有する。この場合,LEDの並び方向に沿って発光輝度の高い領域(LEDが実装された部分)と発光輝度の低い領域(LEDが実装されていない部分)とが繰り返して現れるので,LEDランプの光(照明光)には輝度差が生じる。特に,光源がLEDである場合,LEDはランバーシアン配光であって放射角が比較的に狭いという特質を有するので,上記の輝度差が大きくなる。このように,従来のLEDランプでは,筐体を透過するLEDの光に輝度差が生じるので,ユーザに光の粒々感(以下,「粒々感」と記載する)を与えるという問題がある。」(【0006】)
「特に,直管形LEDランプでは,筐体として長尺状の直管が用いられているので,ユーザは一層粒々感を感じる傾向にある。さらに,LEDモジュールとしてSMD型のものを用いる場合,LEDチップが非透光性容器内に実装されて側方への光が遮断された構成のLED素子を複数配置するので,LED素子が配置された部分とLED素子が配置されない部分とで上記の輝度差が非常に大きくなり,ユーザはさらに粒々感を感じる。」(【0007】)
「本発明は,このような問題を解決するためになされたものであり,ユーザが感じられないまでに粒々感を抑制することのできるランプ及び照明装置を提供することを目的とする。」(【0008】)
(iv) 発明の作用効果についての明細書の記述
「本発明によれば,ユーザが感じられないまでに粒々感を抑制することのできるランプ及び照明装置を実現することができる。」(【0021】)
「以上、本実施の形態に係る直管形LEDランプ1によれば、筐体20とLED12とがy≧1.09xの関係を満たすように構成されている。これにより、筐体20を透過するLED12の光の輝度均斉度を85%以上とすることができるので、粒々感がほとんど感じられないLEDランプを実現することができる。」(【0095】)
「また、本実施の形態に係る直管形LEDランプ1において、y≧1.21xとすることが好ましい。これにより、筐体20を透過するLEDの光の輝度均斉度を90%以上とすることができるので、粒々感を実質的に認識できないレベルにまで抑制することができる。」(【0096】)
「また、本実施の形態に係る直管形LEDランプ1において、1.21x≦y≦1.49xとしてもよい。これにより、筐体20を透過するLEDの光の輝度均斉度を90%以上とすることができるとともに、輝度均斉度の上限を制限することで過剰な拡散を抑制することができる。したがって、粒々感を実質的に認識できないレベルにまで抑制しつつ、過剰な拡散機能を持たせたことに伴う発光効率の低下を抑制することができる。」(【0097】)
「あるいは、本実施の形態に係る直管形LEDランプ1において、y>1.49xとしてもよい。これにより、筐体20を透過するLEDの光の輝度均斉度を95%以上とすることができるので、粒々感を全く認識できないレベルにまで抑制することができる。」(【0098】)
(3)一審被告製品

(4)原判決(大阪地裁令和3年9月16日判決(平成29年(ワ)第1390号))
- 一審被告は、本件特許優先日(平成24年4月25日)に先立ち、「本件チラシ」(平成24年1月発行)で、先行実施品(本件特許優先日以前の先使用発明実施品)である「403W製品」の発売を予告することにより、403W製品の実施(輸入・販売)である事業を開始した。すなわち、事業準備の開始の要件が充足される。
- 403W製品の実物(「本件サンプル」)は、平成24年4月16日に製造された。一審被告は、平成24年4月23日頃に本件サンプルを輸入した上、平成24年4月28日に顧客に販売・納品した。本件サンプルは、平成30年7月23日頃までの6年間以上、顧客営業所で使用されていた。しかしながら、その配光特性は初期値と大きく異ならないと認められる。
- 平成30年7月23日に測定された本件サンプルのX値は11.7mm、y値は15.7mmであった。そのため、y=1.34Xとなり、本件訂正発明1-17のパラメータ値(y/x)の限定(1.09x≦y≦1.49x)を充足する。本件サンプルの配光特性は初期値と大きく異ならないと認められるので、本件サンプルの初期値も本件訂正発明1-17のパラメータ値限定を充足していたと認められる。そうすると、一審被告が主張する先使用発明(「403W発明」)は、本件訂正発明1-17と同一であった。すなわち、先使用発明と特許発明との同一性の要件が充足される。
- 「403W製品は,x値及びy値の関係性を特定する技術的思想が明示的ないし具体的にうかがわれるものではないものの,実際にはそのx値及びy値の関係性により,本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る構成要件に相当する構成を有し,その作用効果を生じさせている。」(一審被告が当該パラメータを意識していなかったことをもって先使用発明の創作は否定されないという趣旨と理解される。)
- 「403W発明につき,照明器具としての機能を維持したまま,本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の特定するx値及びy値の関係性を充たす数値範囲に設計変更することは可能と思われる。このため,被告製品1~5及び7~16は,いずれも,403W発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式であるにとどまるものといえる。」すなわち、被告製品と先使用発明との同一性の要件が充足される。
(5)本判決(知財高裁令和6年4月25日判決(令和3年(ネ)第10086号))
※ 下記における「被控訴人」は一審被告である。
- 403W製品のパラメータ値(y/x)は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。
- 「本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータ(y/x)を用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。」
- 「先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿うと考えられること(前記最高裁判決参照)からすると、実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。」
- 「先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日1前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。」「カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。」
- 「本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品〔2〕が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。」
- 「被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。」
4.考察
(1)本判決の射程範囲(今後の裁判の判断に承継される判決か?それとも、事例判決か?)
本判決は、ピタバスタチン医薬事件知財高裁判決とは異なり、先行実施品サンプルにおけるパラメータの初期値(製造時のパラメータ値)の立証、先使用権を主張する者による数値限定の認識、及び先使用発明との同一性の範囲について、柔軟な判断を示した。このような柔軟な判断は、数値限定発明に係る先使用権についての今後の裁判所の判断に継承され得る。
他方、本判決は、「本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得る」と述べ、直管形のLEDランプにおいて、長尺方向に沿って配列された複数のLEDチップの粒々感を抑えること、すなわち長尺方向における輝度を均一化することは本件特許優先日前から一般的に認識されていた課題であり、本件特許優先日前の公然実施品で当該課題を解決するために本件特許発明(「本件訂正発明1-17」)のパラメータ値が充足されていた可能性が高いとの心証を示唆した。長尺方向に配列された複数LEDチップの粒々感が製品性能上望ましくないこと、この粒々感を抑えるためには、隣接するLEDチップ間の距離(x)は短い方が望ましく、各LEDチップの輝度分布の半値幅(y)は広い方が望ましいこと、すなわちy/xが大きいのが望ましいことは、いずれも、当業者にとって自明であったと思われる。本判決は、このような事情に基づく事例判決とも評価され得る。
(2)数値限定発明における先使用発明との同一性の範囲
数値限定発明に係る先使用発明との同一性の範囲(上述のウォーキングビーム式加熱炉事件最高裁判決における「特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備していた実施形式・・・に具現された発明と同一性を失わない範囲」)は明らかではない。この点について、数値限定の下限又は上限に近づく数値の変更(数値限定を充足する可能性が低くなる変更)は先行実施品に具現された先使用発明との同一性の範囲内と認められる(東京地裁平成20年3月13日判決(粗面仕上金属箔事件)を参照)、あるいは特許発明の作用効果を減殺する数値の変更は先行実施品に具現された先使用発明との同一性の範囲内と認められるとの考えがあり得る。
本判決は、本件サンプル(403W製品のサンプル)のパラメータ値(y/x)は1.27-1.40程度であったと認定した上で、403W製品の関連製品である402W製品のパラメータ値が1.7以上であったこと、及びパラメータ値1.208-1.278程度の第三者製品が公然実施されていたことに鑑み、本件サンプルに具現された先使用発明と同一性を失わない範囲は、1.1-1.7又は1.7を超える範囲、すなわち本件特許発明(「本件訂正発明1-17」)のパラメータ値限定(数値限定)のほぼ全域であると判断した。
本判決は、先使用発明との同一性の範囲について、出願当時の技術水準を踏まえた設計事項(当業者が、特別な考察をすることなく、適宜選択できる事項)の範囲内では同一性が認められるとの考え方を提示したと理解することができる。
(3)先行実施品の開発・製造者が外国の事業者であった場合における先使用権の抗弁の成否
本判決及び原判決では、一審被告が本件特許優先日頃に本件サンプル(403W製品の実物)を韓国から輸入したことは明らかにされているものの、誰が先行実施品(403W製品)を開発・製造したのかは明らかにされていない。一審被告の事業形態に鑑み、一審被告が先行実施品(403W製品)を開発し、韓国の製造業者に製造委託していたと推測される。
仮に韓国の事業者が開発・製造者であった場合には、韓国の事業者が先使用発明の創作者になり得るものの、一審被告は先使用発明の創作者ではない。この場合における一審被告の救済としては、一審被告が先使用発明を知得(「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得」)して日本国内で事業又はその準備をしていたと評価することと、韓国の事業者が日本国内での事業(国内流通業者への卸売り)に基づき取得した先使用権を援用※させることが考えられる。ただし、一審被告が本件特許発明のパラメータ値を意識していなかった場合には、パラメータ値限定発明を知得(「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得」)したと評価できるのかは不明である。
※(先使用権の援用) 先使用権者から先使用発明実施品を譲り受けた者は、自らは先使用権を有しないものの、当該先使用発明実施品の使用・転売について譲渡人の先使用権を援用することができる。
/以上
□本判決:知財高裁令和6年4月25日判決(令和3年(ネ)第10086号)の判決文へのリンク
□原判決(最高裁のウェブサイト)へのリンク
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