知財高裁令和5年10月3日判決(Venture事件)、知財高裁令和6年4月9日判決(ベスリ会 – 東京TMSクリニック事件) – 二つの文字標章を組み合わせた結合商標を分離観察する際の要部を認定した判決

[How to judge the similarity to a trademark containing two word-elements]

目次

1.結合商標の分離観察

  複数の文字、図形、記号などの標章(要素)を組み合わせて構成された商標を結合商標といいます。

 結合商標の類否判断(ある結合商標と他の商標との類否判断)については、2つの重要な最高裁判例があります。一つは最高裁昭和38年12月5日判決(リラ宝塚事件)であり、もう一つは最高裁平成20年9月8日判決(つつみのおひなっこや事件)です。

 リラ宝塚事件最高裁判決は、結合商標の類否判断をする際にも、全体観察が原則であると述べました。商標類否判断において全体観察が原則であることは、最高裁昭和43年2月27日判決(氷山印事件)で確立されています。

 他方、リラ宝塚事件最高裁判決は、全体観察が原則であるものの、結合商標において「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合」していない場合には、分離観察が可能であると述べました。

  つつみのおひなっこや事件最高裁判決は、結合商標を構成する一部分(構成要素)を分離抽出できる条件として、①「その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」と②「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」とを挙げました。

 リラ宝塚事件最高裁判決とつつみのおひなっこや事件最高裁判決との関係をどう理解するかについては、様々な考え方があります。しかしながら、いずれの考え方によっても、結合商標の類否判断においても全体観察が原則であり、他の商標との類似を判断するために結合商標からある構成要素を分離抽出するためには、その構成要素は結合商標の要部である必要があります(リラ宝塚事件最高裁判決も、結合商標において問題となる構成要素(「寳塚」の部分)が、視覚的に目立っており、かつ観念、称呼による識別力が強いことを前提に、当該構成要素を分離抽出したと理解されます。この点については、このリンクの記事をご参照ください。)。

 結合商標が文字標章と図形標章との組合せである場合には、比較的容易に分離観察が認められ、かつ文字標章の方が要部であると認定される傾向があります。

 本稿では、結合商標が文字標章と別の文字標章との組合せである場合の類否判断を示した2つの知財高裁判決を紹介します。

2.知財高裁令和5年10月3日判決(令和5年(行ケ)第10063号)(Venture事件)

(1)本件出願商標と結合商標(文字標章+文字標章)である引用商標

 本判決は、下記の本件出願商標は下記の引用商標に類似することを理由に商標法4条1項11号に基づき登録拒絶した特許庁の審決を取り消して、これらの商標は非類似と判断しました。

【本件出願商標】

出願番号: 商願2020-128329

登録番号: 第6786994号

出願日: 令和2(2020)年10月16日

指定商品: 被服、作業服、ズボン及びパンツ、帽子、ラッシュガード(25類)

商標の構成: 

【引用商標】

出願番号: 商願2020-100987

登録番号: 第6434159号

出願日: 令和2(2020)年7月31日

指定商品: 被服(25類)

商標の構成:

(2)本判決の判断

 本判決は、つつみのおひなっこや事件最高裁判決の論理を採用した上、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が例示した分離抽出されるための2つの条件(①「その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」と②「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」)に加えて、「商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合」という3番目の条件を追加しました。ただし、本判決は、この3番目の条件について、「分離された各構成部分の全てが当然に要部(分離・抽出して類否判断を行うことが許される構成部分)となるものではないことに留意が必要である。」と注記しました。

 本判決は、引用商標は、「遊」の文字部分がその大きさにより圧倒的な存在感を有すること、「遊」と「VENTURE」の書体の違いからくる訴求力の差があることから、この3番目の条件に該当し、分離観察される、しかしながら「VENTURE」の部分は要部ではなく、「遊」の部分のみが要部であると判断しました。

 そこで、本判決は、引用商標から「VENTURE」の部分を分離抽出して本件出願商標「VENTURE」と対比することができないことから、本件出願商標と引用商標は非類似と判断しました。

(3)考察

 本判決は結論として納得がいくものです。

 ただし、結合商標中のある構成要素を分離抽出して観察するための新たな条件(3番目の条件とその注記)として本判決が示したものは、当該構成部分が、独立した出所識別機能を有し、かつ要部に該当する場合とまとめることができます。この条件と、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が示した2条件(①「その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」と②「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」)との有意な違いはないと思われます。

 3番目の条件を提示せずとも、引用商標において「VENTURE」の部分は、「取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるもの」には該当せず、かつ「遊」の部分に出所識別力があるので分離抽出され得ないと判断し、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が示した2条件のみにより処理することが可能でした。また、リラ宝塚事件最高裁判決に依拠して分離観察を認めた上で、「VENTURE」の部分は要部ではないと判断することも可能でした。

3.知財高裁令和6年4月9日判決(令和5年(行ケ)第10117号)(ベスリ – 東京TMSクリニック事件)

(1)本件出願商標と結合商標(文字標章+文字標章)である引用商標

 本判決は、下記の本件出願商標は下記の引用商標に類似することを理由に商標法4条1項11号に基づき登録拒絶した特許庁の審決を維持して、これらの商標は類似と判断しました。

【本件出願商標】

出願番号: 商願2021-125982

出願日: 令和3(2021)年10月11日

指定役務: 精神療法及び物理療法による治療,磁気刺激療法による精神治療,磁気刺激療法に関する医療情報の提供(44類)

商標の構成: 

【引用商標】

出願番号: 商願2021-5988

登録番号: 第6481795号

出願日: 令和3(2021)年1月7日

指定商品: 医業,医療情報の提供,訪問診療,健康診断,調剤,医療及び健康に関する情報の提供,栄養の指導(44類)

商標の構成: 

(2)本判決の判断

 本判決は、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が例示した分離抽出されるための2条件(①「その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」と②「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」)が充足される場合が、リラ宝塚事件最高裁判決が示した分離観察が可能な場合(「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているものと認められない」場合)に該当するという論理を採用しました。この論理とは異なり、リラ宝塚事件最高裁判決が示した分離観察が可能な場合であっても、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が例示した分離抽出の2条件が充足されれば、分離抽出して観察することが許されるという論理も有力です。

 本判決は、本件出願商標において「ベスリ会」の部分と「東京TMSクリニック」の部分とは一体不可分ではないと判断した上、取引者及び需要者の認識(需要者は、一般的に、医療法人名ではなく、医療機関名(病院名/クリニック名)でどの病院なのか識別する)に鑑み、「ベスリ会」の部分ではなく、「東京TMSクリニック」の部分が支配的な要部であると認定しました。そのため、本判決は、本件出願商標から「東京TMSクリニック」の部分を分離抽出して引用商標と対比することができるとし、本件出願商標と引用商標は類似すると判断しました。

 このように、本判決は、本事案では「ベスリ会」の部分と「東京TMSクリニック」の部分との間でフォントサイズ及び字体に有意な差異がなく、さらに、むしろ「ベスリ会」の部分の方が「東京TMSクリニック」の部分よりも独自性が高いと思われるものの、「東京TMSクリニック」の部分の方が要部であると判断しました。

(3)考察

 本判決も結論として納得がいくものです。

 本件出願商標における「ベスリ会」の部分は独自性の高い言葉です。これに対し、「東京TMSクリニック」の部分は、地名である「東京」、指定役務である「磁気刺激療法による精神治療」に相当する経頭蓋磁気刺激療法(Transcranial Magnetic Stimulation)の一般的に用いられている略称である「TMS」、及び普通名称である「クリニック」を組み合わせたものであり、識別力が弱いとも考えられます。しかしながら、本判決は、指定役務である「磁気刺激療法による精神治療」の取引者・需要者であっても「TMS」の意味を理解せずこれを造語と認識する者がいると認められることを理由に、「東京TMSクリニック」の部分に一定の識別力があると判断しました。商標法4条1項の判断基準時である査定日(最高裁平成16年6月8日判決、知財高裁平成28年1月13日判決)(本件では拒絶査定がなされた2022年8月3日)時点においても経頭蓋磁気刺激療法(TMS療法)がさほど普及していなかった(本判決によると令和5年(2023年)12月頃時点で都内でTMS療法を提供する医療機関は11か所程度しかなかった)ことを考慮すると、「東京TMSクリニック」の部分に識別力を認めたのは妥当な判断と思われます。

 識別力が高い言葉である「ベスリ会」の部分ではなく、これよりも独自性が劣る又は同等と思われる「東京TMSクリニック」の方を要部と認定した点についても、一般的に医療法人名ではなく医療機関名が識別要素となっている実情を考慮すると、妥当な判断と思われます。

【氷山印事件最高裁判決の抜粋】

「商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。」

判決全文へのリンク

【リラ宝塚事件最高裁判決の抜粋】

商標はその構成部分全体によつて他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されないのは、正に、所論のとおりである。しかし、簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必らずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである(昭和三六年六月二三日第二小法廷判決、民集一五巻六号一六八九頁参照)。しかしてこの場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である。」

判決全文へのリンク

【つつみのおひなっこや事件最高裁判決の抜粋】

「法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。」

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この記事を書いた人

T. Ozekiのアバター T. Ozeki 弁護士

【実績】 一般民事・相続・商事事件、特許権侵害訴訟(化合物、繊維製品、医薬品有効成分のスクリーニング方法、医療用ソフトウェア、半導体製造装置などについて)、商標権侵害訴訟、意匠権侵害訴訟、不正競争防止法違反訴訟、著作権侵害訴訟、特許・商標・意匠無効審判・審決取消訴訟、商標取消審判(不使用、商標法53条の2)、WIPOドメイン名紛争仲裁、海外での特許侵害訴訟における在外代理人としての活動

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